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モニュメントバレー大全集/米国ラスベガス写真家

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ハンツ・メサ モニュメントバレー

ハンツ・メサ モニュメントバレー

モニュメントバレー アリゾナ州/ユタ州
「アメリカの原風景、世界一美しい朝日」ナバホ族のインディアン居留地区にあり、治外法権。正式名ナバホ・トライバル・パークで人口約30万人、インディアンの最大の部族。

居留地区はナバホ・ネイション=独自国家でナバホ語を使う。アメリカ連邦政府はモニュメント・バレーを国立公園に指定したい意向を何度も申し入れたがこれを拒否。モニュメント・バレーはナバホ族の聖なる地で、現在も11家族がモニュメント・バレー中に住んでいる。飲酒運転での死亡事故やアルコール中毒が問題で、ナバホ族の居留地区では飲酒が違法に成っている。

メサと言われる300mテーブルマウンテンが美しく、台地の侵食が進んだビュートの岩山が点在し、記念碑が並んでいる事から名が付いた。

コロラド高原に位置、深い渓谷や山間台地の地形は2億7千万年位前の地層が、風化・侵食によって形成。風化が進んでいる為岩山の形は変わる。

ロッキー山脈からの鉄分を大量に含んだ川の流れは下流地域一帯に沈泥となって堆積し、当時の酸素濃度は現在よりも高かったため鉄分の酸化が急速に進み茶褐色の色彩に成った。

遺跡が多数あり、古代プエブロが西暦1300年頃を境に先住民は姿を消している。その後ナバホ族が定住するように成り、19世紀半ばの「ナバホ・キャンペーン」「ロング・ウォーク」と呼ばれる白人による略奪・迫害を受けている。

インディアン

インディアン

インディアン
北米大陸で広く部族社会を営んでいた先住民族で、北米大陸に入植したイギリス、フランスなどの白人に土地を奪われた。又、
アメリカ合衆国独立後はその西部未開の地に移住する為に白人に圧迫され、居留地に押し込まれた。

南北アメリカ大陸には、ベーリング海峡が地続きであった1万4千年前頃に旧大陸から新人(ホモ=サピエンス)が到達し、各地に分散、気候や地形の変化に順応し拡大していった。

かつてカナダの北西部に住んでいた。当時はアパッチ族と同じ種族で狩猟民族だったが北西部から南下する時期が異なり別々の種族に成った。

インディアン

インディアン

ナバホ族
14世紀から現在の場所、アリゾナ州、ニューメキシコ州に到達した。17世紀に成り、ナバホ族はスペイン人と出会いヒツジ、ヤギの飼い方を習い遊牧民に成った。

ナバホ族のインディアン居留地区にあり、治外法権。正式名ナバホ・トライバル・パーク。人口約30万人インディアンの最大の部族で居留地区はナバホ・ネイション=独自国家でナバホ語を使う。

モニュメント・バレーはナバホ族の聖なる地で、現在も11家族がモニュメント・バレー中に住んでいる。飲酒運転での死亡事故やアルコール中毒が問題で、ナバホ族の居留地区では飲酒が違法。

ナバホ族独立国家

ナバホ族独立国家

ナバホ族の伝統的な家「ホーガン」
インディアン中の最大の部族、ナバホ族の伝統的な住居、ホーガンは半球型のかまくらの様な形でその辺り2億年前の地層で出来た赤土を使用。真上に煙突、朝一番の太陽の光を取り込む為東向きに入口があります。

室内に入ると10畳位の広さで、内壁は直径20~30cmのジュニパーの丸太をキッチリ積み上げ釘は1本も使わず半球の型をしている。ドアの左が男の寝るところ、右は女の寝るところで家の中は時計回りに回る決まりがあり、明りはガソリンランプである。

ホーガンは、木組みと土で出来たイグルーのような形の、独特の伝統住居を持つ。「ホーガン」で暮らす伝統派のナバホは多い。石炭の採掘業者が掘削に地下水を使う為、保留地は慢性的に水不足であり、雨乞いの祈りが今も盛んである。

呪い師による「砂絵」を使った呪術が盛んである。スー族と文化交流が盛んで、ティピーやサンダンスなど、平原部族の文化を採り入れるように成った。

羊毛、石炭・ウラン採掘など。外部の石炭開発業者の開発で水源が破壊されており係争中である。

羊の放牧は年次ごとに連邦管理官のチェックがあり羊が許可頭数を超えていた場合、管理官によって強制的に処理させられる。

羊の放牧は女の仕事である 第二次大戦以来、ウランが連邦政府によって採掘されて残滓が放置された。知らずにホーガンの材料にするなどして汚染が広がり、人的な放射能被害が深刻である。核実験場からの死の灰の影響もあり、放射能被害者を総称して「風下の人々」と呼ばれる。

ナバホ族

ナバホ族

ディネイ=バホ族の哲学
4と言う数字は日本人に取っては縁起の悪い数字だが、ディネーに取っては神聖な数字だ。ナバホの国は4 方向にある4つの聖なる山に守られており、それぞれシンボルカラーを持っている。

東のMt Blancaは白、南のMt Taylorは青、北のMt Hesperusは黒、そして西はフラッグスタフにあるホピ族の聖なる山Humphreys Peak別名サンフランシスコ・ピークスの最高峰、標高3850mで黄色を表す。

ディネイは、人間は4つの世界を抜け出し、5番目の世界がこの世だと考える。地中で生きる我々とは別に、絶対的な力を持った神の存在があり、その聖なる者が人間に母なる大地、父なる空と付き合う術を授けてくれた。だから、もし人間が自然とのバランスを崩すような事をすれば、きっと災害が起こり信じていると言う。

自然回帰が叫ばれいる現代、こうしたディネーの哲学が多くのアメリカ人に情感を呼び、モニュメントバレーをはじめとする各地の先住民居留地区に注目が集まっている。

マウントブランカ (夜明けまたはホワイトシェルマウンテン) 東の神聖な山  サンルイスバレーにアラモサ、コロラド州の近く
マウントテイラー (ブルービーズやターコイズマウンテン)南の神聖な山  ラグナの北部、ニューメキシコ州
サンフランシスコ山 (アワビの貝殻の山) 西の神聖な山  アリゾナ州のフラッグスタッフ
マウントヘスペルスビッグマウンテン(羊) 黒曜石の山 北の神聖な山  ラプラタ山脈、コロラド州

アメリカ岩絵 ペトログリフ

アメリカ岩絵 ペトログリフ

インディアンの岩絵
モニュメントバレーには数多くのインディアンの遺跡とインディアンの岩絵が残っている。モンゴロイドのルーツを持つアメリカ先住民であるインディアン達は、約1億4千万年前頃にアメリカ巨大な大地渡って来た。

時には豊饒を享受し、時には飢餓に堪え、台地や渓谷を移動しながら彼ら独自の文化体系を形作り、長い旅の過程でアメリカの大地に重要な岩絵を数多く残していった。

文字を持たないインディアンにとって、仲間に、他者に、祖先の霊魂にそして神に、具体的な情報、あるいは言葉に置き換えられない魂を視覚的に伝達する試みの証だった。

岩絵は、メッセージを持った太古から存在するメディアアートであり、現代のコマーシャルを中心に成り立つ様々なメディアに囲まれた日常において、それらの岩絵達は私達に対し、真のビジュアル・メッセージとは何かと問いかけてくる。

人々に「表現する事」の意味を探し、自らのルーツを感じてもらうのがねらいである。この「原始の表現手段から新しい何かを感じ取る精神」はモダンアーチスト達、バブロ・ピカソ、カンジンスキー、バウル・クレーなど、その原始に注目し新境地を開いた。この精神はデジタル全盛の現代においてもなお生き続けている。古代人の想像力の中には、真新しい未来、発見があるのでは・・・

電話、インターネットはコミュニケーションの道具で、これらの原点がペトロクリフやピクトグラフです。数千年前から岩に描かれ続けられたものが多く、北米のものはアメリカ合衆国のインディアンやカナダのファースト・シティズンが描いたもので全米に痕跡があり。現代へのメッセージでもあり、芸術でもあります。

インディアンの岩絵

インディアンの岩絵

岩絵には、ペトログリフとピクトグラフがある
ペトログリフはペトロとグリフ(彫刻)による熟語で、ペトロはギリシャ語で岩の意、英語では Peter、日本語はペテロで聖書に記載されている。ピクトグラフとは、岩を彫りこむ事で描いた、刻印による絵を指す。

ピクトグラフはピクチャーとグラフによる熟語で、狭義では、岩に塗料を塗って描いた絵を指す。日本では、両方「岩絵」と呼ばれる。

アメリカ合衆国南西部で古代ペトログリフ(岩絵)を描いた2種族。
1.フリーモント族、ユタ、ネバダ、アイダホ州を拠点。
2.アナザジ族、ユタ州、コロラド州、ニューメキシコ州、アリゾナ州を拠点。

アナサジは、後の時代に、この地にやって来たナバホ族の言葉で敵の先祖を意味する言葉です。アナサジ族の事を、古代プエブロ族と呼ぶ。又ナバホ族の中には、少数ですが、音節を変えてアノサジという名称を使う人が居て、埋もれた先祖の意味がある。

ペトログリフを盛んに描いたのはフレモント族で、北部のダイナーソワー国定公園から、南部はキャニオンランズ国立公園など広い範囲に広がり、造形もさまざま。彼らは、独自様式の土偶を作った。アナサジ族の岩絵は、チャコキャニオンなどに一部残っている。チャコキャニオンでは、かに星雲となった超新星爆発を描いた物がある。

メサベルデ国立公園のサンテンプルの遺跡には、1054年7月4日頃に爆発した、かに座流星群の太陽のコロナを描いた石がある。両部族共、紀元前から 13 世紀末まで存在し、フレモント族は狩猟採集民族、古代プエブロ族は繁栄した農耕文化であったが、その後、突然に衰退。

古代プエブロ族の末裔は、アリゾナ州、ニューメキシコ州にホピ族、ズニー族などの集落がある。フレモント族の末裔は、後に ユーテ族と成り、白人が馬を持ち込んでからは、すぐれた馬術を身につけて遊牧民と成った。

ハンツ・メサ モニュメントバレー

ハンツ・メサ モニュメントバレー

世界のプロ写真家の憧れのハンツ・メサ モニュメントバレー
モニュメントバレーのあるハンツ・メサは、知る人ぞ知る写真家憧れの秘境で、地で個人では行く事が出来ません。南ユタ州とアリゾナ州の境界線で西側はナバホ郡とアパッチ郡 のインディアン居留地区があり。メサの上からモニュメントバレーがパノラマで観る事が出来ます。

モニュメントバレーで写真家が一度は行ってみたい2代憧れの場所がハンツ・メサともう一つは、ミステリーバレーです。ただしナバホ族の同行者が必要に成ります。お勧めは、ハンツ・メサでのオーバー・ナイトで夜は星空綺麗で宇宙を体験出来ます。

ハンツ・メサはモニュメントバレーの南東端とリトルキャピタン・バレーの北端を形成している岩山で標高は6365mある。

ハンツ・メサへのアクセスは、公園の一般的な入り口を通ってではなく、むしろ北東部の町の砂丘を通り、カイエンタ、アリゾナ州側に位置しています 。1984年10月16日に、米国空軍のB-52の爆撃機がハンツメサに墜落し、7人の乗組員の内2人が死亡した。

インディアン遺跡

インディアン遺跡

ミステリーバレー
通常のモニュメントバレーのミステリーバレーには殆どの人に知られていない自然が残されているが、ナバホ族の同行者が必用に成ります。モニュメントバレーには、元々古代プエブ族が住んでいたが、西暦1300年頃を境に先住民は姿を消している。

モニュメント・バレーのミステリーバレーやバック・カントリーには、ペトリグリフスやピクトグラフのインディアンの岩絵や先住民の住居後・遺跡が数多くあります。

紀元前1200年頃から8世紀頃までバスケット・メーカー文化と呼ばれる、独特なかご作りで知られる文化を築いたアナサジ族。アリゾナ州、ニューメキシコ州、ユタ州、コロラド州の4州が交錯するフォー・コーナーズを中心にトウモロコシ,豆,カボチャの栽培などの農耕し活動していたが、1300年頃に忽然と姿を消し、未だ多くの謎が残されています。

ミューリーポイント

ミューリーポイント

ミューリーポイント/モキ・ダグウェイ Muley Point
ミューリーポイント・オーバールックはユタ州南部とアリゾナ州北部のモニュメントバレーエリアに位置している。

ミューリーポイントはサンファン川が創造した大渓谷で、遠くにはモニュメントバレーの壮大な砂岩のフォームと真下にはグースネックの渓谷とサンファン・リバーを一望する事が出来る。砂漠の風景で絶景がある、サンファン川とその支流によって彫られた。足元は絶壁、周りに誰一人居ない神聖な場所です。

モキの名前
18世紀のスペインの探検家や開拓者によって使われ、スペイン語moquiから来ている。1000年以上前にこの地域に住んでいた、プエブロインディアンは、数多くの遺跡を残した消えプエルロ文化の事に関係があり「古代のビー玉」様なものであり、ホピ族の言葉で死の意味があります。1800年代に南ユタ州に来た白人の開拓者やその子孫によって受け継がれています。

ユタ州のサンファン郡、モキ・ダグウェイは北にユタ州ルート261号線のメキシカンハットの町があります。ユタ州ルート261号線は、ユタ州のフライ·キャニオンにある「ハッピー·ジャック」鉱山からメキシカンハットの処理工場へウラン鉱石を輸送する為にテキサス州鉱山会社によって1958年に建設されました。

途方もなく堅牢で自然のままの渓谷でましたにはグースネックを見降ろすことが出来ます。

シーダーメサのモキ・ダグウェイはナチュラルブリッジ国定公園の南、南東ユタ州、UT-261に位置し、5km以上の急な砂利道鋭いスイッチバックのシリーズです。モキ・ダグウェイは、未舗装の道で、段階的なスイッチバックの4.5kmあり、シーダーメサの頂上から約330m下り、10%急勾配は、狭く曲がりくねった道で車の重量制限があります。

映画やCM、PVのロケ地のメッカ
マルボロのCMでマルボロ – ウェイン・マクラーレン演じるマルボロ・マンがタバコを吸う場面が撮影され広告に使用。
映画のロケ地でも有名で『2001年宇宙の旅』  終盤、ボーマン船長がスターゲートに遭遇する場面でモニュメント・バレーの風景が使用。「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」「フォーレストガンプ/一期一会」「イージー・ライダー」「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」「テルマ&ルイーズ」「ため息つかせて」「ウインドトーカーズ」「ローンレンジャー」日本のTV「ウルトラクイズ」」

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