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織物の町 チマヨ ニューメキシコ州

チマヨ ニューメキシコ州

ニューメキシコ州のチマヨは
織物の町

奇跡の砂
サントワリオ・デ・チマヨ教会
チリが世界的に有名

チマヨという名前は
テワ・インディアンの

言葉に由来し
優れた赤い岩石を意味する

オルテガ チマヨ ニューメキシコ州

オルテガ チマヨ ニューメキシコ州

チマヨはニューメキシコ 州のリオ・アリバ 州とサンタフェ州で指定された場所で

標高1851m、人口約3177人のプエブロの村。

オルテガ・チマヨ オルテガの歴史

オルテガは、ニューメキシコ州チマヨの伝統工芸品である

ナバホ・スタイルの手織りブランケット製品の老舗のブランド。

17世紀後半から18世紀初頭にかけてニュースペインから

北上しリオ・グランデ峡谷北部へやって来た

スペイン系開拓者集団の中に、若者ガブリエル・オルテガがいました。

当時チマヨ周辺地域は先住民インディアンは昔からこの地に住んでいたが、

ニュースペインにとって最後の未開拓地と成りました。

オルテガ チマヨ ニューメキシコ州

オルテガ チマヨ ニューメキシコ州

ガブリエル達は厳しい自給自足の生活をしながら、

牧羊をし、衣類、毛布、敷物等の高品質の製品を生産していました。

オルテガ家は代々、牧羊の方法、紡績技術等の伝統を子孫に伝えています。

オルテガ家の初代当主ガブリエル達が現在のチマヨに入植してから二代目マニュエル、

三代目ホセ・ゲルバチオ四代目ホセ・ラモン一族は伝統を代々受け継いでいった。

1885年チマヨの南西約24kmにある。エスパニョーラ近郊に鉄道が敷かれ物事は急速に変化しました。

ニューメキシコ北部で手に入らない、スペイン系移民と先住民の文化・生活様式に

アメリカ東部の文化・生活様式がチマヨ近隣にも入ってきました。

トタン屋根、缶詰食品、ミシン等、多種多様な生活用品が東部から持ち込まれやっと

ニューメキシコの人々にもこれらの製品をこの地に居ながら手に入れる事が出来る時代がやってきました。

対照的に、鉄道でやってきた東部の人々は自分たちとは全く異なる

ニューメキシコの風景、文化、生活様式に大いに驚きと興味を持ったのでした。

オルテガ チマヨ ニューメキシコ州

オルテガ チマヨ ニューメキシコ州

リーストラ(唐辛子を糸でつなげたリース)、先住民の素焼きの壷、手織りのチマヨ・ブランケット等、

ニューメキシコ名産の手工品を旅の土産物としてあるいは新しい商材として買い求め、東部へ持ち帰りました。

1918年、五代目ニカシオと妻バージニアはチマヨに雑貨店を開きました。

店内には織物のきばたを置き、日用雑貨等と共に彼等が織ったブランケット類を販売するように成りました。

多くの観光客がサンタフェやニューメキシコ州北部一帯を訪れるようになると共に

手織りのチマヨ・ブランケットの需要も増え続けていきました。

第二次大戦後、ニカシオの息子ホセ・ラモン、四代目と同名とその妻バーニー、デービッド、

六代目当主、2004年7月逝去とその妻ジーニーン、

1991年逝去が、父ニカシオの事業に加わり、現在の店舗を構えました。

チマヨ ニューメキシコ州

チマヨ ニューメキシコ州

経営は順調に発展し、拡大し続ける需要に応じる為、

近郷近在に住む親類縁者を織り手として雇い入れるようになっていきました。

彼等が織り上げたブランケットを素材にした

バッグ、コート、ジャケット、ベスト等を商品化し始めたのもこの頃でした。

そして、雑貨店の経営は既に過去の物となり、現在のような商品構成の、

チマヨ・ブランケットの専門店として世界的に知られるように成りました。

1964年に五代目のニカシオが、そして1972年にホセ・ラモンが他界し、

1970年代中頃、六代目デービッドの経営に息子のアンドリュー、

現マスター・ウィーヴァーとロバートが社長が加わりました。

チマヨ地区の住む織り手たちによって昔ながらの製法で生産されている。

奇跡の砂 サントワリオ・デ・チマヨ教会

奇跡の砂 サントワリオ・デ・チマヨ教会

奇跡の砂 サントワリオ・デ・チマヨ教会
EL Santuario de Chimayo

チマヨは、サンタフェの北東38kmにある織物で有名な村で「タオスへの道」と呼ばれる76号線沿いに位置し

「奇跡の砂」で有名なサントワリオ・デ・チマヨ教会がある。

1970年に国民の歴史的建造物に指定され、米国で最も重要な「カトリック巡礼の中心」と呼ばれる。

教会の礼拝堂の奥に奇跡の砂があり、を体の悪い個所に塗ると治癒してしまうと云われ、

年間約30万人の人々がこの教会を訪れている。

エル・サントゥアリオ・デ・チマヨ教会の歴史

1810年、修道士ドン・ベルナルド・アベイタがいつものように懺悔を行っていると、

サンタ・クルス川の近くの丘から不思議な光が、地面から空に向かって放たれていた。

チヨマの村のはずれの何もない場所で光の源へたどり着いた修道士は、

手で砂をかき分けその中から何と十字架像を発見した。

チマヨ ニューメキシコ州

チマヨ ニューメキシコ州

十字架像を持ち帰り祭壇へ飾りましたが、不思議なことにしばらくすると像は忽然と消え元の丘へ戻っていました。

十字架像を3回移動しましたが、3回とも元の場所へ戻っていた事から

この十字架像があるべき場所がチマヨだと確信し、その場所に小さな教会を建設しました。

それが現在のエル・サントゥアリオ・デ・チマヨ教会で、十字架像は現在の教会の中で見る事が出来ます。

奇跡の砂が永遠に枯れることがなく湧きだし、この砂を体に塗ると病気が治るという伝説があります。

エル・サントゥアリオ・デ・チマヨ教会はニューメキシコ州の歴史都市サンタフェから車で約30分、

世界遺産タオスプエブロから約1時間、断崖絶壁の廃墟プエクリフから

約20分と他の見どころからもアクセスしやすい場所にあります。

EL Santuario de Chimayo
住所15 Santuario Drive, Chimayo, NM 87522

礼拝時間
10月から4月 午前9時から午後5時
5月から9月  午前9時から午後6時

チマヨ ニューメキシコ州

チマヨ ニューメキシコ州

チマヨのチリ

チマヨで取れるチリは、辛くてもコクと甘みがあり最高級品と評価され。

生産量が少ない為ニューメキシコ州でしか味わう事が出来ない。チリは魔よけにも使用される。

2003年、ネイティブ・ヒスパニック研究所の設立者Marie Pilar Camposは

チマヨ・チリプロジェクトの責任者で300年前の種子資源を産業に復活させた。

チマヨ・チリ・プロジェクトは2005年春に種植えを開始しまし、地元の農家に種を配布する為の基盤成っています。

プロジェクトの雇用開発業務は、2005年から2008年まで米国のコミュニティサービス局によって資金提供された。

チマヨ・チリ・インクは2006年にUSPTOに認定マーク チマヨを申請し、2009年に登録を受けた。

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