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ネリス空軍基地 ラスベガス

ネリス空軍基地 ラスベガス
Nellis Air Force Base

ネバダ州にある
米空軍基地

2000年時点で基地に内は
8896人の人口が居る

基地の面積は約46km
その内62%は未整備の状態で
使用されている

基地名は
バルジの戦いで戦死した、
P-47パイロット
ウィリアム・ハレル・ネリス
の名から付けられた

 

ネリス空軍基地 ラスベガス

ネリス空軍基地 ラスベガス

世界最強といわれているアクロバット飛行隊 「サンダーバーズ」 の本拠地であると

同時に、世界で最も機密性が高い謎の軍事施設 「グルームレイク空軍基地」(通称 エリア51)と

非常に緊密な関係にある基地で、西海岸地区はもとより米国全土の防空戦略の要所。

F-16 戦闘機(サンダーバーズが使用)基地名は、バルジの戦いで戦死した、

P-47パイロット、ウィリアム・ハレル・ネリスの名から付けられた。

ネリス空軍基地 ラスベガス

ネリス空軍基地 ラスベガス

第二次世界大戦期

ネリス空軍基地は、1940年10月に建設計画が始まった。

計画の主導は、アメリカ陸軍の航空部隊所属であるデヴィッド・M.シュラッターが握っていた。

当時、彼はアメリカ陸軍の軍用機による射爆撃演習場の建設を考え、アメリカ南西部を中心に土地を探していたが、

ラスベガス周辺の良好な気候に注目、ラスベガスの北東部に建設する事が決定。

当時、建設現場周辺の都市の劣化が進んでいたため、周辺地域も空軍基地の建設による都市の発展を期待し、建設に切望していた。こうして計画が開始。

第二次世界大戦終戦後

飛行場は終戦直後の1945年9月に運営が中止されたが、1948年3月、新たに組織化されたアメリカ空軍によって再び運営が開始した。

1950年4月30日には、基地名は現在の「ネリス空軍基地」に変更。

その後起こった朝鮮戦争に合わせ、P-51、F-80、F-86の訓練基地、また新型機の試験、評価も行う事に成った。

ネリス空軍基地 ラスベガス

ネリス空軍基地 ラスベガス

1956年6月1日には、アメリカ空軍の曲芸飛行隊、サンダーバーズがネリス空軍基地に移転する。

移転に伴い、サンダーバーズ運用機もF-100 スーパーセイバーに変更された。

1960年にはさらにF-105 サンダーチーフへ機種転換されたが、配備後すぐに1日で2機が墜落するという

大事故が発生したため、再びF-100へ機種が戻されている。

1966年には、アメリカ軍における空戦研究の統一を機に、「戦術戦闘機兵器センター」

(Tactical Fighter Weapons Center)が開設した。

1969年にサンダーバーズは、長年に渡って運用してきたF-100を退役させ、F-4Eへ機種転換した。

またF-4Eも、1974年にT-38に機種転換している。

1980年頃には模擬空戦大会、レッドフラッグを基地で開始した。

レッドフラッグはネリス空軍基地で現在も行われている。

飛べるゼロ戦

飛べるゼロ戦

1990年代に入るとネリス空軍基地は、新型の戦闘機、

YF-22の試験プログラムを行う基地に選定され、各種試験が行われる。

2006年11月14日、アメリカ空軍は1970年代から1980年代に至るまで、

ロシアのミグ製戦闘機を研究目的で使用していたという情報を、機密扱いから外し公表した。

MiG-17、MiG-21やMiG-23などの戦闘機を仮想敵役として運用していたという。

また、MiG-29もネリス空軍基地で運用していた可能性もでている。

2007年4月23日にネリス空軍基地は、約570m²に70000個のソーラーパネルを設置する、

新たな発電システムの計画を開始した。

ソーラーパネルは基地西側に設置され、2008年頃まで完成する予定。

18MWの発電量が、基地の約25%の消費電力を補う。

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