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キャピトルリーフ国立公園 ユタ州 米国ラスベガス写真家 Ken Kanazawa

キャピトル・リーフ
ユタ州

キャピトル・リーフ国立公園
1971年登録

キャピトル・リーフ国立公園の長さは
160 kmの細長い峡谷

アメリカを知り尽くす
米国ラスベガス写真家
Ken Kanazawa
解説

眠れる虹の台地

ウォーターポケットは約120 kmの隆起は
サウザンド・レイク山から南方に
パウエル湖まで延び

初期の開拓者は平行な通り抜けられない
尾根を「リーフ」と呼んだ

 

キャピトルリーフ

キャピトルリーフ


代表的なナバホ砂岩のホワイト・ドームは、米国国会議事堂似ている事から名付けられた。

地層がS字形に折り重なっているしわは、ロッキー山脈を造り出した大陸プレートの衝突し、数千年間風雨にさらされ、浸食を受け、岩石層と化石を露出している。

1962年、最初の舗装道路が建設された。

ユタ州道24号線が、キャニオンランズ とブライス・キャニオンを結ぶが、起伏の激しい風景は圧巻。

キャピトルリーフ

キャピトルリーフ


インディアンとモルモン教徒

フレモント文化期のインディアンが、西暦1000年頃フレモント川で灌漑を作り、レンズマメ、トウモロコシ、カボチャを栽培、岩で出来た穀物倉に貯蔵した。

13世紀に急激な環境の為、フレモント人の入植地と田畑は放棄した。

後にパイユート族がこの地に移り住んだ。ヌーミック語を話す人々は、フレモントの穀物倉を「モキの小屋」と呼び、小人、「モキ」族の家と呼んだ。

南北戦争の後、モルモン教徒は、インターマウンテン・ウエストと呼ばれるロッキー山脈とカスケード山脈、シエラネバダ山脈の間の非常に辺鄙な場所に「伝道本部」を設立しようとした。

1866年、先住民を襲撃する為、モルモン教徒の準軍事遠征隊が、西方の奥地にある谷まで侵入。

アメリカ岩絵 ペトログリフ

アメリカ岩絵 ペトログリフ


1870年代、開拓者は谷に移り住み、ロア、フレモント、ライマン、ビックネル 、トリーの町を築いた。

1880年代には、フレモント渓谷 に定住、ジャンクション、 ケインヴィル 、アルドリッジの町を築いた。

20世紀初頭、農耕に加え、石灰が抽出され、ウランが採掘。

1904年、ウラン鉱床の採掘権取得し、グランド・ウォッシュのオリアー鉱山は、ウラン鉱石を産出。

1920年まで、フレモント川の肥沃な氾濫原では10以上の家族を維持出来ず、土地の所有者は変わり、集落は後に放棄。

ペルム紀には、古代の浅い海の海辺で、ホワイト・リム層の砂岩が露出し、海は炭酸塩堆積物を残し、カイバブ石灰岩層を形成。

三畳紀、赤茶のシルトを堆積、モエンコピ層の泥岩と成り、隆起と侵食。

火山灰が、ウランを含有するチンル層を形成。

グレン・キャニオン・グループ の地層群はいずれも三畳紀中期から乾燥が進んだ時期に形成された。


キャピトルリーフの地層

ウィンゲイト砂岩 – 古代の海辺の砂丘

カヤンタ層 – 川底や平野の緩やかな流れに堆積した薄層理の砂

ナバホ砂岩 – 広大なサハラ砂漠のような砂漠で化石化した巨大な砂丘

サン・ラファエル・グループ、古い順に次の4つの三畳紀の地層から成る

カーメル層 石膏、砂、石灰を含むシルトが、海水が周期的に氾濫する地溝

エントラーダ砂岩 – 海岸に近い砂州からできた砂岩

グランドサークル

グランドサークル


カーティス層 礫岩、砂岩、頁岩

サマーヴィル層 – 干潟に堆積した赤茶の泥と白い砂

湿地の多い平野部に堆積、モリソン層を生み出した

白亜紀初期、類似の非海成堆積物が積もり、ダコタ砂岩と成った。

グランド・ステアーケースとグランドサークルの地層

グランド・ステアーケースとグランドサークルの地層

白亜紀海路がダコタ砂岩を覆い、マンコス頁岩を堆積させた

白亜紀の終わりにララミー変動の造山運動が、隆起させ始めロッキー山脈を形成。

1000年から1500万年前、コロラド高原により隆起した。火成活動が起こり、

水系が大幅に変わり流れが急になった為、川は下方侵食の速度をあげ流れを変えた。

更新世の氷河期における湿潤な時代には、侵食率は増加した。

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