アメリカ大自然旅企画 写真家Ken Kanazawa ラスベガス

MENU

イエローストーン 国立公園

  • HOME »
  • イエローストーン 国立公園
イエローストーン

イエローストーン

イエローストーン国立公園
アメリカ三大国立公園の一つであるイエローストーンは1872年、世界最初の国立公園、1978年、世界自然遺産に登録。アイダホ州、モンタナ州、ワイオミング州に位置。イエローストーンは世界最古の国立公園。

グリズリーや狼、アメリカバイソン=バッファロー、ワピチが生息。地上に残された数少ない手付かずの巨大温帯生態系である。世界にある間欠泉の4分の1に当たる400余りの間欠泉があり、400種の野生の動物が生息している。

北アメリカ大陸最大の火山地帯。巨大カルデラの超巨大な噴火が約220万年前、約130万年前、約64万年前に起こり、小規模な噴火は約7万年前まで続いた。地下には非常に大量のマグマが溜まり、近い将来に又破局噴火を起こす可能性が高い。

イエローストー国立公園

イエローストー国立公園

1万2千年前に、地域内の大峡谷周辺の鉄分を含む黄色い石で、インディアン達が「黄色い石のある川」と言った。黄色い色は熱水によって変色した鉄分の色である。

黒曜石は、狩猟インディアン達が石鏃やナイフとして利用していたが、遠くミシシッピ川周辺でも発見されている。イエローストーンで生活していた部族と、東方の部族との交易を示す。

ショーショーニー族、バンノック族は、伝統文化としてのバッファロー狩りを19世紀末に合衆国政府から禁止されたが、1990年代に狩猟権を回復し、イエローストーン内でのバッファロー狩りを年に数度行っている。

イエローストー国立公園

イエローストー国立公園

オオカミとイエローストーン
20世紀前半に平原オオカミが白人牧場主よって絶滅し、生態系のバランスが崩れたが、インディアン部族の復活請願が実り、1995年カナダから31頭のオオカミをイエローストーンにはなし人間の手で再導入が行われ、現在50頭が確認されている

アメリカのロッキー山脈の北部、ワイオミング州とアイダホ州にあるイエローストーン国立公園では、約30年間の計画の見直しをしてオオカミの再導入を行い、オオカミの群れを回復することに成功した。

地域の人々は、家畜の敵であるオオカミ等の肉食動物の再導入に、反対することが多いが、欧米ではオオカミや他の捕食者への見方は、過去のものから変わってきている。

オオカミ等が生態系に存在することで環境が維持されることが、理解を示すように成ってきている。

アリゾナ州とニューメキシコ州でも、北部とは別の亜種・メキシコオオカミの再導入が1998年から始まっている。

バッファロー

バッファロー

バッファロー/アメリカバイソン
アメリカバイソンも19世紀ゴールドラッシュに沸いていた西部開拓時代食料やインディアンの食糧を断つ目的で31頭になり絶滅の危機にあったが現在は4000頭まで回復した。

アメリカバイソンはウシ科バイソン属に分類されるウシ。別名アメリカ野牛、アメリカではバッファローと呼ばれる。バッファローは野牛、バイソンは水牛の意味。

アメリカでは、アイダホ州、アリゾナ州、カリフォルニア州、サウスダコタ州、モンタナ州、ワイオミング州、ユタ州、カナダ以前はアラスカからカナダ西部・アメリカ合衆国からメキシコ北部にかけて分布していた。

ワイオミング州のイエローストーン国立公園とノースウェスト準州のウッド・バッファロー国立公園を除いて野生個体群は絶滅し、各地で再導入が行われ、10年以上グランドキャニオン・ノースリムに生息している。

メスよりオスの方が大きく、オスの体長は304~380cm、メスは213~318cm、体重はオス544~907kg、メスは318~454kgの体重がある。体型の特徴では、肩部が盛り上がり、特にオスでは著しい。他に湾曲した角を持ち、最大角長は約50cmが記録されています。

草原や森林に生息し、メスと幼獣からなる群れを作り行動していますが、西部開拓以前は、季節によっては群れが大移動していた。

オス同士は角を合わせて、突進してケンカしたり、糞尿の上を転がり臭いを体中につけて威嚇する。主に植物食であり、木の実や草等を食しています。

成獣が外敵に襲われることは少ないと言われていますが、幼獣や年老いた個体、病弱な個体は外敵に襲われやすい。

バッファロー

バッファロー

インディアンとアメリカバイソン
インディアンは弓や、群れを崖から追い落とすなど伝統的な手法によりバイソンの狩猟を行っていた。特にスー族など平原インディアンは農耕文化を持たず、衣食住の全てをバイソンに依存していた。

他には毛皮を靴やテントの一部として使ったり、アメリカバイソンの群れを崖に追い込み落とす狩猟を行成った。

平原インディアンにとってバッファローは、昔から生きていく為の大切な糧として扱われてきました。バッファローは草食動物ですが、非常に力が強く狩猟を得意とする部族のインディアンでも簡単に倒せる動物ではありません。

一頭のバッファローを捕まえる事が出来れば、食料で不足するビタミン補給としてだけではなく毛皮を使ってテントや衣服、クワなどの刃や毛皮や胃袋、糞までもが生活の為に無くてはならない動物でした。その為バッファローはインディアンにとって尊敬に値する相手であり、大切な食料でもありました。

彼らは、子供の頃から厳しい教育を受けます。バッファローの群れの中から、年老いたものを狙います、若いもの、子供がいるものは、絶対に狙わないそれが分かるように成るまでに3年、さらに、矢が当たるように成るまで3年掛かります。

イエローストー国立公園

イエローストー国立公園

西部開拓時代のバッファロー絶滅政策
西部のスー族など平原部族の居留地への囲い込み交渉は最後まで困難を極めた。この為、連邦政府は平原部族の主要な食糧と成っていたバッファロー政策として絶滅させ、食糧を断つ作戦をとった。

17世紀に白人が北アメリカ大陸に移入を開始すると農業や牧畜を妨害する害獣として駆除されるように成った。

1830年代以降は食用や皮革を目的とする猟銃を使った狩猟が行われるように成ると大平原の個体も壊滅的な状態と成り、インディアンも日用品や酒、銃器と交換する為に乱獲するように成った。

1860年代以降、アメリカ政府はの狩猟ツアーを募り、窓から無差別にバッファローを撃たせてこれを殺させた。入植者達は条約を無視して勝手に保留地に入り込み、部族の猟場でバッファローを虐殺したが、保留地監督官は部族の抗議を無視した。

19世紀初頭に4千万頭を超えていたバッファローは、19世紀末には野生状態ではついに絶滅に近い状態と成り、飢餓状態と成った平原の部族は保留地に入らざるを得なく成った。

19世紀末から20世紀に成りフロンティアの消滅に伴い保護の動きが強くなりイエローストーン国立公園などの国立公園・保護区が設置されるように成り、1905年にアメリカバイソン協会が発足された。

白人が移入する以前の生息数は約6000万頭だったと推定されているが、1890年には1000頭未満まで激減した。

1970年には15000~30000頭まで増加した。亜種シンリンバイソンはワシントン条約附属書IIに掲載されている。

イエローストーン

イエローストーン

イエローストーンとバクテリア
好熱性バクテリアは100度の熱水で生きているバクテリアです。青色は、温度で色が変化する特殊なバクテリアです。バクテリアは温度によって茶色-赤-黄色-緑-青と色が変化し、ブルースター池は高温で青色である。

イエローストーンの温泉池の温度は90℃台である。バクテリアは池の底にマット状に層を作っている。水深で温度が違い、高温の底から青-緑-黄色-赤、低音の岸が茶色。バクテリアは高温でも生息出来る。イエローストーン最大の湧泉池の「グランドプラズミック温泉」の直径は213m。水底のバクテリア層で湖岸が黄色、溢れ出る温泉は茶色。

PAGETOP