アメリカ大自然旅企画 写真家Ken Kanazawa ラスベガス

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サルベーション・マウンテン とルート66旅 ラスベガス発

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サルベーション・マウンテン

サルベーション・マウンテン ラスベガス発

サルベーション・マウンテン
砂漠の真ん中に、突如浮かぶ色鮮やかな
「地上の楽園

アメリカのガウディー「レオナード・ナイト」が
30年もの期間を経て作成した
愛の聖地

高さ15m、幅45m、煉瓦用の泥を丘に押し固め、
彩色さている。

元々Perry Ogdenが世界的に有名なファッション雑誌
VOGUEに掲載して
世界的に有名成った。

女性、ハネムーンに大人気
アメリカで注目度の#1の地上の楽園。

サルベーション・マウンテン ラスベガス発

サルベーション・マウンテン ラスベガス発

愛のパワースポット「GOD IS LOVE」

彼は都会から離れ、電気、ガス、水道もない生活、
砂漠の丘サルベーション・マウンテン」

サルベーション・マウンテンは州の土地に無許可で作られたが、
2002年、バーバラ・ボクサー上院議員により
連邦議会で「国家的財産」と指定された後、保護されている。

2014年2月10日レオナード・ナイトさんが他界された後も
ボランティアによって大切に守られています。

映画『イントゥ・ザ・ワイルド』に登場した伝説の地、
DANCE EARTH PARTYのシングル
「DREAMERS’ PARADISE」のPVのロケ地。
EXILEや三代目 J.Soul Brothers等のヒットを手掛けた
T.Kuraがプロデュース。

夢見る者達の新たな旅立ちがテーマなのです。

又日本のHIP HOPシーンのカリスマ的存在でもあった
RHYMESTER のMummy-D氏と初のコラボ曲。
Mummy-DのDANCE EARTH PARTYの
メッセージを込めた作品のロケ地。

Dance Earth Partyの新曲『Dreamer’s Paradise』のミュージックビデオ 

映画『イントゥ・ザ・ワイルド』

 Kesha 「Praying」 新曲のPVのロケーション


ラスベガスからサルベーションマウンテンまで片道520km。

サルベーション・マウンティン スラブ・シティ ラスベガス発

サルベーション・マウンティン スラブ・シティ ラスベガス発

スラブ・シティとは?
サルベーション・マウンテンから数キロにある小さな町、スラブ・シティは、元々は。第二次世界大戦中の海軍の元キャンプ施設地が始まりで、現在は、一般社会との関わりから距離を置く人々が自由気ままに生活するエリア。アート作品を作るフォークアーティスト達や冬場寒い地域から避寒地としてキャンピングカーで訪れるスノーバードの人々が集まって出来た町。

「アメリカで最後の自由な場所」スラブシティ。現代文明に反して、自然と共存し、食料も自給自足し、電気も太陽光発電で自家発電し、リサイクル、リユーズ、自然に迷惑をかけないように生きようとする人々の集まり。

敬虔なクリスチャンが多く、皆とても気さくで、愛相が良く、町を行き交う人々にフレンドリーに声をかけてくれる。お金や物などなくても、皆とても幸せそうに自由奔放に生きている。

ソノラ砂漠に位置し、夏は摂氏45度~50度にも成り、シーズンは11月~3月で特に12月のクリスマス前後や1月は快適で訪問者も多い。

スラブシティには、スケートパーク、インターネットカフェ、24時間営業の図書館、FM局、ホステル、数人のアーティスト達が共同生活する「イーストジーザス」のアートコミュニティーがある。

幻想的なアート作品が多いことからも知られ、映画「イン・トゥ・ザ・ワイルド」の撮影場所の一部となった地域。

サルベーション・マウンティン スラブ・シティ ラスベガス発

サルベーション・マウンティン スラブ・シティ ラスベガス発

フォークアート とは?
18世紀から19世紀にかけてアメリカでつくられた純朴な民衆芸術で、一般に独立戦争時代から1870年代が最盛期とされている。専門的な技術を持たない画工、職人又は素人によって作られた肖像画、聖画像、看板、風見、船首像、家具、パッチワークなどの作品を制作する。

インスタレーション・アートとは?
1970年代から主に欧米で登場した、展示空間全体を使った3次元的表現技法を使う。絵画や彫刻といった「物」を見せるのではなく、様々な素材を組み合わせて配置・構成した「空間」全体が作品。英語で「据え付け」や「設置」という意味がある。

ヒッピーとは?
サンフランシスコのダウンタウン「ヘイト&アシュベリー」は、1960年代、ヒッピーの発祥地として栄えた街。ヒッピーは、「1960年代の米国で、既成の社会体制や価値観を否定し、脱社会的行動をした若者達の運動。アメリカにおけるベトナム戦争の泥沼化や度重なる公民権運動、女性解放運動の時代背景があり、「フラワーチルドレン」と呼ばれた。

ヒッピームーブメント発祥の地、 ヘイト・アシュベリー は、 Love & Peace を歌った、ヒッピーの聖地的な場所で、Psychedelic Sound を代表する グレートフル・デッドや ジャニス・ジョプリン、ジミー・ヘンドリックスなどが活動した。

彼らは安い家賃にひかれてこのエリアへ移り住み「反戦・平和・自由」をスローガンに掲げ、独自の文化を作り上げてきた。「ヘイト&アシュベリー」はその名が表す通り、ヘイト・ストリートとアシュベリー・ストリートが交差する地点を中心として広がる。

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