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映画「理由なき反抗」ロケ地「グリフィス天文台」

映画「理由なき反抗」グリフィス天文台

映画「理由なき反抗」グリフィス天文台

「理由なき反抗」グリフィス天文台

ロサンゼルスのグリフィス公園内にある天文台。1935年に建造、アールデコ調の美しい外観と、市内が一望できる展望出来る。広さは3015エーカー、東京ドーム約261個分。

グリフィスがヨーロッパを視察した際に、整備された公園に感激し、ロサンゼルスの町の美化のため、市民の憩いの場所として、自分の名を冠した公園を作ってほしいと寄贈した。

映画「理由なき反抗」Rebel Without a Cause
1955年製作・公開のアメリカ合衆国の映画である。主演を務めたジェームズ・ディーンの代表的作品。

映画「理由なき反抗」の舞台になったグリフィス天文台を世界に知らせたとして、天文台の館外にジェームズ・ディーンの胸像が建てられた。

ニコラス・レイの原作を、自らが監督を務め映画化した作品。若者達のチキンゲームが話題となり、題名が当時の若者たちを表す代名詞として流行語になっ舞台になった映画。

理由なき反抗、ターミネーター、ジュラシック・パーク、素敵な人生の終り方の映画のロケ地と成った。

映画「理由なき反抗」グリフィス天文台

映画「理由なき反抗」グリフィス天文台

資産家のグリフィス・ジェンキンス・グリフィスとは?
ウィルソン山天文台を見学して感激し、公園に天文台の建造を企画したが、グリフィスが殺人未遂を起こした為、市が難色を示し、保留に成った。

グリフィスは遺言で、天文台と劇場の建設の寄付を書き残し、死後10年ほどたった1930年に劇場が建設された。

天文台は、1933年のロングビーチ地震の影響で、設計が手直しされ、1935年に完成した。

天文台を寄付したグリフィス(1850 年~1919年) は、英国ウェールズから10代のときにアメリカに移民し、貧しい中から、鉱山記者や鉱山アドバイザーを経て、メキシコの銀山で成功した人物。1882年にロサンゼルスに移住し、1887年に名家の娘と結婚した。

1896年12月に、市民へのクリスマスプレゼントとして広大な土地を公園用地として市に寄付し、町の名士となったが、1903年に休暇先のサンタモニカの高級ホテルで突然妻に発砲し逮捕された。

妻は片目を失ったが、一命を取り留めた。グリフィスは公には禁酒家を装っていたが、実は飲酒により偏執性妄想を患っており、事件のときも錯乱していたとされ、サン・クエンティン州立刑務所に2年間収監された。

出所後の1912年に名誉挽回のために天文台の寄付を申し出たが、犯罪者の名を冠する施設の建造に対して反対があり、生存中には実現しなかった。没後、グリフィス財団が作られ、遺言に従い、天文台と劇場が建設された。現在は、グリフィス公園内に銅像が建てられている。

映画「理由なき反抗」ナイフの決闘シーン この場所未だそのまま残っていますね・・・

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