アメリカ大自然 ラスベガスツアー/ラスベガス写真撮影サービス 米国写真家Ken Kanazawa

レーストラック 動く石 デスバレー カリフォルニア州

レーストラック、動く石

レーストラック、動く石

デスバレー動く石 レーストラック Racetrack
デスバレー国立公園内の北部に位置し「Racetrack」とは競技場、あるいは何かが動いた跡の意味がある。直径3km位の湖が干上がったプラヤと呼ばれ、元々湖底である。

動く石の存在は古くから知られていたが、実際に動く瞬間を撮影に成功した例はない。有力な説として氷床説が報告された。この場所はデスバレーの中では標高約1100mにあり、冬には氷点下に成る。冬の雨で表面に水が溜まった状態で気温が下がると石が埋め込まれた氷床が出来、移動し軌跡が出来るとされた。

デスバレーの僻地のレーストラック・プレアーで、死の谷を人知れず大移動するさまよう岩がありますカリフォルニア州のデスバレーでは、自然に100kg以上もある巨大な岩が枯れた湖の上を人知れず移動し、ずりずりと引きずられたかのような痕跡があり写真家一生に一度、写真に収めたい被写体がレーストラックと言われています。

ライド・ストーン、ムービング・ストーンと呼ばれ、直線や曲線、ヘアピンカーブを描いたり、鋭角に曲がり、神様の落書きのような模様はまさに自然の神秘です。

レーストラック、動く石

レーストラック、動く石

岩が実際に動いているところを目撃した人はいません神秘の現象はデスバレー国立公園内のパナミント山脈北部にあるレーストラック・プレアーの乾いた湖で見られます。科学者たちの多くは、この現象は複雑な気象条件が重なることによって起きると考えています。

「風」と「氷」の2つの要因によるものという説が最も有力で、夜間に石の下の地面が氷結し静止摩擦係数が低くなった状態で時速145kmほどの強い突風により石が動き始め、その後も持続する強風に後押しされて地表の薄い泥の層の上を滑り続ける、というものです。

レーストラック・プレアーはほぼ起伏がないうえ、石の多くはわずかに上り坂の方向へ動いている。レーストラック・プレアーの北部は南端より数センチ標高が高い為、重力説は除外出来る

レーストラック、動く石

レーストラック、動く石

1年に320m以上も移動する事もあり、動いているところは誰も目撃したことがないので、どれほどのスピードで動くのかはまだ明らかにされていません。

石は大きなものでは100kg以上に成り、殆どはレーストラック・プレアーの南端の高さ260mの丘陵から落石した苦灰岩ですが、近接した丘からの火成岩も混ざっています。

162個の石には観測者達によりそれぞれ「Stacy」「Pamela」など女性の名前が付けられています。鋭角に曲がったり、初め平行に動いていた石が分離したり
滑っていた石が転がったり、動く時には実に複雑な動きをしている。

レーストラック・プレアーの不思議な現象から宇宙人や超常現象を連想する人達もいます。レーストラック・プレアーがエリア51と近い位置にある事からも納得します。

デスバレー

デスバレー

Death Valleyデスバレー 
1994年10月8日国立公園に登録された。全米の国立公園中最大広さで総面積は13158平方km約長野県と同じ広さ。

デスバレーで52.8℃を観測  6/22/17。猛暑をもたらしているのは、コロラド、ユタ、ニューメキシコ、アリゾナの4州が接するフォーコーナーズ地域に停滞している高気圧。猛暑がピークとなった6月20日2017年の午後には、カリフォルニア州デスバレーで摂氏52.8℃を記録した。

日最高気温続々と現地時間6月19日2017(日)、カリフォルニアやアリゾナ州などアメリカ南西部では、日最高気温の記録が塗り替えられた。

ユマ(アリゾナ州)48.9度
サーマル(カリフォルニア州)48.3度
パームスプリングズ(カリフォルニア州)47.8度
フェニックス(アリゾナ州)47.7度 ※50年前の記録を刷新
ツーソン(アリゾナ州)46.1度
また20日(月)も日最高気温の記録が観測されました。
デスバレー(カリフォルニア州)52.2度
ニードルズ(カリフォルニア州)51,7度
ラスベガス(ネバダ州)46.1度

デスバレー国立公園はアメリカの国立公園の中で最も乾燥した地域で、西半球で最も海抜の低いバッドウォーター、-8.5mがある。デスバレー国立公園内は砂漠環境に適した、哺乳類:51、爬虫類:36、魚類:5、鳥類346、植物1042が生息、クレオソート・ブッシュ、ビッグホーン、コヨーテ、デスヴバレー・パプフィッシュが生息。

デスバレー

デスバレー

デスバレーの地名は、1849年ゴールドラッシュ、カリフォルニア州にある金鉱地へ向かっていたグループが近道をしようとこの谷に迷い込み、数週間さまよった末にメンバーの数人が酷暑と水不足によって命を落とした事に由来。

最初に人類が定住したのは紀元前7000年頃、狩猟採集民族のネバレス・スプリング族が居住していた。マンリー湖やパナミント湖の巨大な湖があり、気候は温暖で動物が数多く生息していた。

紀元前3000年頃、ネバレス・スプリング族に代わってメスキート・フラット族がこの地域に定住。

西暦元年頃、高温で乾燥した砂漠へと変化したこの地域に、サラトガ・スプリング族が移住。サラトガ・スプリング族は集団での狩猟技術に優れた民族で、手工芸にたけていた。デスバレーの谷底には、サラトガ・スプリング族によって作られた、奇妙な形に配された石が残されている。

americadaishizen.com

americadaishizen.com

route66oudan.com

route66oudan.com

アメリカ大自然バナー

投稿カテゴリー

アメリカ究極の旅

PAGETOP