アメリカ大自然ツアー 写真家Ken Kanazawa ラスベガス

MENU

グランドキャニオン スペシャル

  • HOME »
  • グランドキャニオン スペシャル

グランドキャニオン国立公園

グランドキャニオン

グランドキャニオン

アリゾナ州北部にある峡谷で、コロラド高原がコロラド川の浸食によって削られた。先カンブリア紀からぺルム紀までの地層で地球46億年の歴史です。
グランドキャニオンは20億年の地層が肉眼で観る事が出来る事が、グランドキャニオンの素晴らしさです。

グランドキャニオンは7000万年前、地球の地殻変動により隆起し、約4000万年前コロラド川の浸食がはじまり、500万年前に全容を現し現在の様な峡谷に成ったのは約200万年前で今も浸食は続いている。

長さ446km、幅6km~29km、深さ平均1200m、最も深いところで1800m。1万500年前には人類の形跡があり、インディアンは少なくとも4000年前にはこの地域に住んでいた。

テオドールルーズベルトと国立公園
米国の26代目大統領のテオドールルーズベルトはグランドキャニオンを「グランドキャニオンは誰もが見るべき偉大な光景の一つである「「我々の子供のまた子供、子孫がこの光景を見られるように大事にしましょう」の言葉を残した。

テオドールルーズベルトは、1903年と1911年の2度グランドキャニオンに訪れています。テオドールルーズベルト大統領により1908年に国定公園制定、ウッドロー ウイルソン大統領により1919年に国立公園制定された。 当時の訪問者4万4千173人、第1次世界大戦の為減少したが、 1915年は10万6千人、1956年には約100万人、1969年には200万人、1976年には300万人。1979年に世界遺産に制定された。1992年には400万人、現在、500万人を超しています。

グランドキャニオン

グランドキャニオン

全米最初の国立公園はイエローストン国立公園で1872年制定された。当時は国立公園は、軍隊が管理していた影響でレンジャーのユニフォームは軍隊服に似ています。全米国立公園の中で2番目「1番-テネシー州とノースキャロライナ州の境に位置する、グレートスモーキーマウンテン国立公園 年900万人の訪問者が多い国立公園です。

グランドキャニオン形成
グランドキャニオンの全長は約443kmです。総面積は48万5千ヘクタール。121万8千376エーカー (約121万x 1千2百坪=約14億4千万坪=米国デラウエアー州の大きさに相当します)。

今から3千6百万年前にロッキー山脈が北東部に当る地域が地球の核内部から強い圧力を受けてドーム型の高原を作りました。現在のカイバブ高原です。

当時は未だコロラド川は存在してません。ロッキー山脈に源を発した一本の川はカイバブ高原を縫って東に流れ、現在はペインテッド砂漠と呼ばれる場所に大きな湖を作りました。

もう一本の川はカイバブ高原の山頂に源を発し西側を縫って流れておりました。西側の川は渓谷を形成しながらカイバブ高原をうねり切り返し東に向かって流れ、続ずけた川は遂にその支流と合流して新しい川が出来ました、それがコロラド川です。

この川は今から5百万年前から6百万年前に出来ました。殆どこの川の侵蝕により北と南にニ分されて形成されたと言う1説と今から約2千万年前にコロラド川は存在し今のグランドキャニオンの東側の端からマーブルキャニオン、カナブキャニオンにかけて侵蝕をし始めていた。

グランドキャニオン

グランドキャニオン

今から約2千7百万年前にコロラド台地が隆起しコロラド川は台地をもっと深く侵蝕しました。隆起が終わる今から5百万年前迄コロラド台地はゆっくり約3千m隆起しました。

現在のコロラド川は昔も今も全く変わっていない位置か変わっても大して変わらぬ位置に有り逆にコロラド台地が隆起しトップの柔らかな堆積岩(砂岩、泥岩)、やや固い堆積岩(石灰岩)を侵蝕し続けて形成された1説が有ります。現在のコロラド川は非常に固い火成岩、変成岩の層を流れ侵蝕を続けております。

北側をカイバブ高原、南側をココニノ高原と呼び頂上から谷底までの地層は大きく分けて15地層あります。
古生代(5億1千万年前~2億5千万年前)に堆積した地層は カイバブ石灰岩―トロウィープフォーメーション-ココニノ砂岩--ハーミット泥岩-スパイフォーメーション-レッドウォール石灰岩-テンプルビュート石灰岩-ムアブ石灰岩-ブライトエンジェル泥岩-タピート砂岩。原生代 (10億年前~5億7千万年前)チュアーグループ-ナンコウィープフォーメーション-ウンカーグループ(ケイ岩)始生代(15億年前 それ以上)ビシュヌ片岩(変成岩)とゾロアスター花崗岩 。地球の歴史は約46億年と言われています。

約3分の1近くに当る約18億年前に堆積した地層又は岩石を一度で見る事ができるのは世界中でこのグランドキャニオンだけで、これが世界遺産に成った理由です。

グランドキャニオンには,すでに侵蝕されて中世代と新生代の層がありません。残っている地層ば、グランドキャニオンの東側にあるシーダー山とツサヤンとバレーの間にあるレッドビュートのみで、ジュラ紀の地層です。

グランドキャニオンは海の中や泥沼のデルタの中を9回入ったり出たりしてます。下から3層目の地層は約5億6千万年前の地層で、当時、当りは一面の海、貝殻や海草の化石や砂浜の様子が残っています。

下から7層目は3億4千万年前の層で熱帯地域に住む貝や魚の化石が残ることから温暖な時代で珊瑚、鮫の歯の化石も見つかっている。
コロラド川 幅90m、平均深さ 10~11m、深いところで約30m。コロラド川はロッキー山脈の雪解け、雨水に源を発しカルフォルニア湾に注ぐ全長約2333kmの長い川です。途中、グランドキャニオンの上流に、グレンキャニオンダムがコロラド川を塞き止めた人造湖、パーウェル湖と下流にフーバーダムが同川を塞き止めた人造湖、ミード湖があります。

グランドキャニオンの中を流れているコロラド川はダムとダムの間を流れているのです。通常天気の時は濃い緑色の川ですが強い雨の日になると赤茶色で流れます。このダムができる前は日に何トンもの土砂と沈殿物を押し流す急流の赤茶色の川でした。スペイン人はリオ コロラド= 赤い川と呼びました。

グランドキャニオンに生息する動物
哺乳類が75種類、ロックリス、アルバートリス(南側)、カイバブリス(北側)などのリス類には絶対に餌をあげないように。狂犬病菌を持っている場合あり。コヨーテ、シカ、アンテロープ、ミュールシカ、カモシカ、ウサギ、スカンク、ブラックベアー、ボブキャット、マウンテンライオン、プレアリードッグ、キツネ、タヌキ、アライグマ、イタチ、ミンク、カワウソ、ビーバー、ウバーリン、リンクス、野生のロバ、野生のウマ、野ネズミ、チップモンク、などなど

鳥類は300種類以上、ワシ類、白頭鷲など、タカ、ツグミ、モズ、カラス、レイバン、カルフォルニアコンドル(1982年には世界に22羽で絶滅状態でしたが各動物園の協力のもとで卵を孵化し育てグランドキャニオンに放し保護されてます。ここには現在306羽が確認されてます。探知器でコンドルの成長を観察してます。ロードランナー、ハミングバード、カケス、キツツキ、などなど。爬虫類は45種類

グランドキャニオンガラガラ蛇はこのグランドキャニオンの底にだけ生息する珍しいうすいピンク色したガラガラ蛇で1929年に一人のナチュラリストによって発見され、生きたまま捕らえサンディエゴ動物園に持っていきました。

蛇類、たとえば、ウエスタン ガータースネーク、ストライプトウィップスネーク、キングスネーク、トカゲ類、ヒラモンスター、などなど。両生類はカメ、山椒魚、かえるなど5種類、魚類は25種類、虹鱒、ハンップバックチャブ、コイ、などが生息してます。

パンデロッサ松の幹の部分で禿げているところが目に入りましたら、それは、近くに落雷があり熱により幹の中の松脂が沸騰した時に木の皮が落ちてしまったものです。黒く焼けている木とか草も見えるのは、野焼きの跡です。

マザーポイントは初代グランドキャニオン国立公園園長スティ-ブマザーの名にちなんで付けられました。

シボラ、最初の白人のグランドキャニオン発見者
1540年にスペイン人領だったこの地域にフランシスコ ベスケス コロナード総督の命令で7つの金の町「シボラ」を探しに来た探検家ロペス デ カルデナス隊長がこの周辺に来ています。最初の白人のグランドキャニオン発見者です。 「シボラ」は発見出来ませんでしたが、この大峡谷を発見しました。この時の道の案内役はホピ族のインディアンでした。 シボラ はズーニー族語でバッファローの意です。

ジョン・ウエスレー・パウエル
1869年アメリカ軍人ジョン・ウエスレー・パウエルは調査の為訪れた。グランドキャニオンの中を流れるコロラド川ときってもきれない人物が南北戦争で右腕を失った ジョン・ウエスレー・パウエル少佐です。当時35才の彼と9人の探検隊は4隻のボートで1869年5月24日から8月29日の98日間かけて探検しましたが、途中3人の命が失われました。

彼は再度1871年~1872年にかけて探検した時に、ここを「グランドキャニオン」名付けました。彼は1881 年~1894年 アメリカ合衆国地質学調査長官に任命されました。

ツサヤンの町
グランドキャニオン・ゲート・シティー・ツサヤンは。ホピ族のインディアン語で水がほんの少ししか無いの意味です。 高さ約25mにも成長する赤松、でパンデロッサパインと呼ばれてている大きな松ボックリが出来ます。楢の木とブナの木は無いので松茸は成りません。

7mから15m位まで成長するピニヨン松があり3年一度、実が成ります。先住民もこの実を食した。ピニヨン松と同じ高さに成長するユタジュニパーは香辛料、下剤薬、お酒のジンの原料で成り、又ジーパンの発明者リバイスはこの木の青い実の汁で最初のジーパンを染めたと言われています。

ナバホ族はこの実の種を魔除けとして首飾りにしてます。ヘビが嫌う匂いがあります。他の木々では、樫の木、コットンウッドツリーンなど、シュラブ系ではサーベスベリー、クリフリーズ、ファンブシュなど、サボテン系では、バナナユッカ、クラレトカップ、ビーバーテイルなど。

国立森林公園の中にあるツサヤンの町には井戸が2つあります。水は地下約1000mにあり氷河期の残りの水です。井戸を掘ると成ると現在では、5千万円は費やされます。ここでは飲み水は貴重です。ホテルでは皿洗いのお水は再使用してトイレのフラッシュのお水、又は花壇のお水に無駄の無いように使用してます。

2つの井戸では賄いきれませんので96km離れたウイリアムの町と国立公園から水を補給してます。水が少ないのでここのマクドナルドハンバーガーは全米で2番目に値段が高価でちなみに1番はマンハッタンです。

ツサヤンの町の人口、約6百人。町の70%の土地はナショナルジオグラフィック出版会社の所有です。国立公園入園にあたり2つ注意事項があります。動植物を採取しない、火の元に注意 特にタバコの吸い殻の注意です。

現在388ヶ所の国立公園システムが全米にあり,そのうち国立公園と名のつく公園は58箇所です。連邦政府の管轄で宿泊施設や景観など園内はすべてにおいて管理され、地球上の貴重な財産として、生態系についても厳重に管理されてます。

グランドキャニオン村 冬期は、約2千5百人、夏期約2千8百人が暮らしております。週4日制12年生までの学校、診療所、レンジャー事務所、郵便局、消防署、教会、裁判所、図書館、ショッピングマーケット、アパートなどがあります。

グランドキャニオン駅
サンタフェ鉄道=グランドキャニオン鉄道は1901年9月17日にウィリアムの町からここまで開通し1909年完成した、又途中一時廃止されたが10数年前から観光用として復活しました。過去全米に14ヶ所の木造ログ駅がありましたが現在3ヶ所のみに成りました。

エルトバ・ホテル
グランドキャニオン国立公園にはホテルは一軒でエルトバ・ホテルのみです。1905年1月14日に完成しました。全米で最もお金で当時25万ドルをかけた木造ログホテルとして有名です。5つ星のホテルです。シカゴの建築家チャールズ ウイトルシー氏が設計し、フレッドハービー社が独自で建設致しました。

スイスの田舎風の家とノールウェーの別荘風のスタイルを折衷したイメージで、建築の木材はオレゴン州から持ってきました。オープン当時はブライトエンジェルタバーンの名でしたが、後にペドロ デ トバー隊長の名にちなんでエルトバ・ホテルに変えました。彼はスペインの探検隊総督、フランシスコ  ベルケス コロナードの命令で1540年にホピインディアンカントリーまで来ております

当時エルトバ・ホテルは、石炭で火力発電でした。グリーンハウス、鶏ハウス、家畜ハウスも作り食材をホテル独自で賄いました。水は192km離れた町デルリオから鉄道で持ってきました。1932年に約932m下のインディアンガーデンからパイプで持ってきましたが、1970年から現在に至っては北側のローリングスプリングの滝から22.4kmのパイプで上まで持ってきた。

国立公園内全てがこの水で賄わ、日に225万リットルを使っている。歴代のアメリカ大統領を初め、ハリウッド映画スター、英国のローヤルファミリー、各国の貴賓客が宿泊した。ロッジではカチナ、サンダーバード、ブライトエンジェル、マズウィック、ヤバパイウエスト、ヤバパイイーストの6軒です。

ファントムランチとブライトエンジェルトレイル
ファントムの名の由来は1906年8月25日に合衆国地質学委員会によって認められたファントムクリークにあります。この小川はファントムランチの近くを流れている小川です。

ブライトエンジェルトレイルは、昔ハバスパイインディアンが南側へ来る道でしたが、グランドキャニオンに最初(1881年)に住み着いた白人ジョンハンスが谷底にアスベストの鉱脈を見つけた時にこのトレイルを利用しました。

ランチは一軒で、ファントムランチと呼ばれ、ファントムランチはヤバパイ展望台から見えます。ブライトエンジェルは峡谷との幅(北壁と南壁)が最も広い所で17.5kmです。グランドキャニオンの峡谷の幅で最短は約6km、平均約13kmです

宿泊施設のファントムランチも見えますが、道のりは、15.68kmあります。キャビンとドームの共同寝室があり、トイレ、シャワー、洗面シンク、石鹸、タオル普通並みに整備されてます。ファントムランチは1922年にフレッドハービー社が建てました。デザインは同社のマリー コルター女史です。総工費2万2千ドル。

自然の石以外の建材はラバによって上から運びました。加工しない自然の石を使ってキャビンを建設してます。国立公園管理局はフレッド ハービー社に自然の環境に調和するデザインの建物を要求しました。

フル営業開始は1930年、1922年の6月12日にオープンした、当初は16人程度が宿泊できる状態でしたが、現在は百人も収容できます。海抜 約731m。南壁からは約1360m下。北壁からは約1千6百m下に位置してます。

北壁は南壁より約300m~400m標高が高い為に高い方の北壁に太陽の光が当り、種種の鉱物、ミネラルの反射が太陽の動く時間よって壁の色を変えます。
展望台からインディアンガーデンが見えますが、その昔、ハバスパイ族が野菜を栽培していた。

1890年頃、探鉱夫ラルフ .カメロン氏は後に米国国会議員に成る。グランドキャニオンの東のカメロン町は彼の名に由来している。がこのトレイルを整備改善し、1928年まで支配してツーリストから$1の通行料を徴収していた。

1937年にココニノカウンティー政府が長年の訴訟でオーナーシップを取り名前をブライトエンジェルトレイルと付けました。現在、レンジャーの詰め所があり、キャンプ場、ハイカーの休憩所でもあります。ラバのキャラバンもここで小休止し飲み水もあります。

出発点ブライトエンジェルポイントからそこまでの道のりは約7.4kmで海抜約1158m。プラトーポイントの道のりは、約9.8kmです。コロラド川は、海抜564mまでの道のりは約12.32km、ファントムランチまで約15.7kmの道のりです。南側は年中オープン、北側は10半ばから5月半ばまで閉鎖です

カイバブ吊り橋
1906年に国立公園管理局が「カイバブ吊り橋」をコロラド側に架けました。この橋は1928年に作り直されて現在に至っております。橋の幅 1.5m。全長132m。馬は怖がって渡らないと聞きますが、ラバは小走りに駆けぬいて渡ってしまうとの事です。

1904年にデービット ラスト氏は18本の桃の木、リンゴの木、ざくろの木、すももの木、1919年にヤーベリー氏はコットンウッドの木、いちじくの木を牧場のまわりに植樹。灌漑の工事もしアルファルファの畑、日曜日の夕食に必要なチキンも飼育しました。自家発電機を使い、1924年~1928年にシャワーとトイレを作りました。

1933年には自然保護市民協会が来て野営場を建設しそこにもっとコットンウッドの木を植樹しましたそして、灌漑の工事もしました。彼らは野営場を立派に整備しプールも作り山道も整備しました。1950年代から国立公園管理局はファントム地域の自然環境を維持するために整備し始めました。合衆国地質学調査の事務所もファントムレンジャー事務所に変わりました。1972年にはプールも埋められました。

キャラバンツアー
ラバは馬のメスとロバのオスの子供で一代限りです。寿命は60才位。非常におとなしい動物です。耳は馬より大きく、足は短く太い、目と目の間が離れているので180度見えるので、細い崖道を歩いても安心で、馬より動体がやせています。

キャラバンツアーには最適で80年前から行われているキャラバンツアーでまだ一度も事故は発生してません。キャラバンに参加できるのは、先ず英語の出きる人、身長142cm以上、体重91kg以下、妊娠女性はお断りです。

PAGETOP