アメリカ大自然旅企画 写真家Ken Kanazawa ラスベガス

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レッドロックキャニオン ラスベガス

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レッドロック・キャニオン ラスベガス ネバダ州
ラスベガスの町から約30kmにある壮大な赤い帯の岩山の大パノラマ地帯、絶景がラスベガス市内から約40分程度に位置している。何とラスベガス近郊でアメリカ大自然の朝日、夕日、星空を観ることが出来る。

レッドロック・キャニオン

レッドロック・キャニオン

レッドロック・キャニオン
4億年前のアメリカ西部は、温暖な浅い海に覆われ、今でも昔海だった証拠がモハベ砂漠のいたる所で発見されています。

レッドロック・キャニオンの灰色の岩の中には巻貝や二枚貝、サンゴの化石があり、海には酸化カリシウムを多く含んだ微生物が大量に生息していた。微生物が死に海に沈み数千mの地層を造り上げた、レッドロック・キャニオンの灰色の地層がその部分です。

レッドロック・キャニオンでは,あざやかな赤色をなすジュラ紀の砂岩の上に、二畳紀の石灰岩が逆断層でのし上がり、砂漠の乾燥した気候で土地も隆起した中世代の世界が垣間見る事が出来ます。北と東の高地からレッドロック・キャニオンに砂を運び、小高い砂丘から巨大砂漠が造られ砂丘は砂岩と変容した。

赤い岩は酸化鉄が砂丘にしみ込んだ為です。砂岩はジュラ紀の地層ですが、レッドロック・キャニオでは恐竜の化石は発見されて居ません。

レッドロック・キャニオン

レッドロック・キャニオン

プエブロ族
プエブロ族がレッドロック・キャニオンに生活をしていた痕跡が数多くあります。レッドスプリングやウイロー・スプリングエリアにペトログリフの岩絵があり、初期のアメリカ先住民が描いた絵を見る事が出来ます。

サザン・パイユート、ショショニー族、コロラドはこの地を訪れ道具や陶器などが発見されています。
サザン・パイユートの先祖は、砂漠の気候である厳しい生活に対応し、インディアン・ライス・グラスを食し、トウモロコシ、カボチャ、豆の栽培が行われた。

1826年、有名な猟師であり商人であったジェディデア・スミスが、この地にやって来た最初のアメリカ人です。

メキシコ人の商人が、サンタフェ・トレールをここまで伸ばしてスパニッシュ・トレールを作り。商人は1829年から1850年頃までニューメキシコとカリフォルニアを行き来した。

1840年代、ラスベガスは牧草地の意味である、スペイン語でこの地に湧き出ていた豊富な水からその名付けられた。登山家ビル・ウイリアムスとベックワ―スがカリフォルニアのメキシコ人から馬を盗み出しレッドロック・キャニオンの水と牧草で馬を育てた。

キャプテン・ジョン・フリーモントもアメリカ西部探検中にレッドロック・キャニオンを通過している。

レッドロック・キャニオン

レッドロック・キャニオン

ユタ州北モルモンの開拓者1855年にラスベガスの砦を造り最初の入植者と成った。開拓のモルモン教徒は頻繁にスパニッシュ・トレールを使いその道は、モルモン・トレールと知られるように成った。

1876年この地に最初に牧場を設立したジェームス・ウイルソンで、スプリングマウンテン・ランチ州立公園に成っている。

デザート・タートル/ 砂漠の亀
デザート・タートルはモハーベ砂漠、ソノラ砂漠、北西部メキシコや米国、アリゾナ州、カリフォルニア州、ユタ州の砂漠に生息している。レッドロック・キャニオンのデザート・タートルは、約2700万年から3700年前から現在まで殆ど変っていない。

80年から100年の寿命があり、彼らは徐々に成長し低い繁殖率である。暑さをしのぐ為体温を調節し水分損失を減少させる為に巣穴であるロックシェルターでほとんどの時間を過ごす。季節の雨の後に最も活発ですが、一年の殆どの間活動はしない。

地上60度でも暑さから逃れる為巣穴を作り生きている。95%が巣穴で過ごし11月から2月か3月まで冬眠。5月から7月に繁殖入る。1980年以降減少し保護動物に指定されている。

デザート・タートルは、殻の色は緑がかった褐色、砂漠のカメ甲羅の高さ10〜15cm、 重さ1kg〜2kg。サイズは25cm~36cm、重さ4kg~7kgオスはメスより大きく成長する。オスのカメの女性より首が長い。オスの亀の腹甲は、女性のカメに比べて凹状であり、オスはメスよりも大きな尾を持っている。

デザート・タートルの食糧は、カメはサボテンである。 それは草、葉状植物、サボテンフルーツおよび花で与える。

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