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デビルス・タワー ワイオミング州

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デビルス・タワー ワイオミング州

1906年9月24日 1906年に米国初のナショナル・モニュメントに登録された。

デビルス・タワー

デビルス・タワー

1977年のスティーブン・スピルバーグ監督の映画「未知との遭遇」のロケ地で世界的に大ヒットし有名に成った。1977年に映画界の巨匠、スティーブン・スピルバーグが、UFO遭遇事件と人類と宇宙人のコンタクトを描いた映画である。

巨大な宇宙船や宇宙人の描写があまりにもリアル映画でUFOブームに拍車が掛かった映画である。人間と宇宙船がコンタクトする場所として使用されたのがこのデビルズタワー。

インディアンの聖地でアラパホ族インディアンが熊信仰の対象として呼び名を付けていたが、米国軍人が探検した際、通訳が「悪神のタワー」と誤訳、デビルス・タワーと呼ばれるように成った。

デビルス・タワーは、マグマが活動した後に急激に冷えて固まった火成岩。高さ386m、海抜1558m。頂上は91m×55mの広さがある。

第三畳紀の初め頃、ロッキー山脈が隆起した際にマグマが活動し、堆積岩を突き破った。溶岩は冷えた後周囲の堆積岩より硬かった為、堆積岩が浸食・削剥され残った。響岩質斑岩で冷却の際に柱状節理で垂直方向の割れ目が出来た。

火成岩はマグマが冷えて固まった岩石。火成岩は大きく分けて、火山岩はマグマが急激に冷えて固まったものと深成岩はマグマがゆっくり冷えて固まったもの2種類ある。火山岩と深成岩の分類において重要なのは冷え固まったスピードである。

その後、ロッキー山脈の隆起活動につれて周辺の大地が隆起し、そのうち溶岩の塊の周囲にあった柔らかい堆積岩は雨、風、雪により浸食され、この巨大な溶岩の塊がそのまま残った。

インディアンの伝説では、デビルズタワーの奇怪な垂直方向に走る筋は巨大な野生の熊が以前残したもの等語られてきた。

デビルス・タワー

デビルス・タワー

アラパホ族
北アメリカに先住するインディアン部族。アラパホ族の部族国旗 元々はミシシッピ川より東部、ミネソタ州北部のレッドリバーバレー流域の森林地帯でトウモロコシやカボチャ、豆などを栽培しながら暮らしていた。

18世紀に白人入植の影響で、南西に移動、ノースダコタ州及びサウスダコタ州の平原地帯を領域とした。19世紀頃に南下し移動、プラット川沿いのワイオミング州とオクラホマ州の2つのグループに分かれてた。

1863年合衆国政府と平原インディアンとのコロラド戦争に参戦。

1864年サンド・クリークのシャイアン族とアラパホ族の野営地がアメリカ陸軍の攻撃を受け、女子供などを中心に数百人が死亡。

1876年リトルビッグホーンの戦いでスー族、シャイアン族らと共に参戦、カスター中佐率いるアメリカ第七騎兵隊を破った。

「アラパホ」は、「山から駆け下りる人々」、ポーニー族の言葉で「交易者」の意。彼ら自身は、「我々の人」と自称する。

犬を食べる文化があり、他部族からの呼称では犬食いと呼ばれる。アルゴンキン語族に属し、ティーピーで移動、バッファロー狩りをし、
アースロッジに住んでトウモロコシ栽培、半農型の「平原インディアン」。

デビルス・タワー

デビルス・タワー

アラパホ族は2つのグループに分かれて、ワイオミング州とコロラド州に住む北部アラパホ族と、オクラホマ州やカンザス州西部などに住む南部アラパホ族がある。

アメリカ連邦政府から公式に「インディアン部族」として認定され、保留地を領有しているのは、ワイオミング州とオクラホマ州の二部族だけである。

ワイオミング州西部のウィンドリバー・インディアン保留地は、東ショーショーニー族との共同保留地で、北部アラパホ族が約3000人。オクラホマ州南部には、「シャイアン・アラパホー保留地」があり、南部アラパホ族と、北部および南部シャイアン族の共同保留地である。

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